殺虫スプレー成分の働きと抵抗性の話

市販されている「ゴキブリがいなくなるスプレー」の多くには、殺虫成分としてピレスロイド系の化合物が含まれています。ピレスロイドは、除虫菊に含まれる天然の殺虫成分「ピレトリン」に似せて化学合成されたもので、害虫に対して高い殺虫効果を発揮する一方で、哺乳類に対する毒性は比較的低いという特徴があります。このため、家庭用の殺虫剤として広く利用されています。ピレスロイド系の殺虫成分は、ゴキブリなどの昆虫の神経系に作用します。具体的には、神経細胞のナトリウムチャネルと呼ばれる部分に結合し、その働きを阻害します。ナトリウムチャネルは、神経の興奮伝達に重要な役割を果たしているため、これが阻害されると、神経が異常に興奮し続け、結果としてゴキブリは痙攣を起こし、麻痺して死に至ります。この作用は非常に速やかに起こるため、ピレスロイド系の殺虫剤は「速効性」があるとされています。スプレーが直接かかったゴキブリがすぐに動かなくなるのは、この作用によるものです。また、「ゴキブリがいなくなるスプレー」のような待ち伏せタイプの製品では、壁や床に付着したピレスロイド系の成分が、そこを通過したゴキブリの体表から吸収されたり、グルーミング(体を舐めてきれいにすること)によって口から摂取されたりすることで効果を発揮します。しかし、近年問題となっているのが、「薬剤抵抗性」を持つゴキブリの出現です。これは、殺虫剤に頻繁にさらされる環境下で、その薬剤が効きにくい、あるいは全く効かない個体が生き残り、子孫を残していくことで、集団全体が薬剤に対する抵抗性を獲得してしまう現象です。ピレスロイド系の殺虫剤に対しても、抵抗性を持つゴキブリが世界各地で報告されています。抵抗性のメカニズムは様々ですが、例えば、体内に侵入した殺虫成分を分解する酵素の働きが強くなったり、標的となるナトリウムチャネルの構造が変化して殺虫成分が結合しにくくなったりすることが知られています。もし、スプレーを使ってもゴキブリがなかなか死ななかったり、以前よりも効果が感じられなくなったりした場合は、そのゴキブリが薬剤抵抗性を持っている可能性も考えられます。その場合は、異なる系統の殺虫成分を含む製品を試したり、毒餌剤や物理的な捕獲器など、他の対策を組み合わせることが有効です。

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